TOEIC385点の純ジャパニーズ バックパッカー・アメリカ留学

「バイト」・「サークル」・「飲み会」の大学生三種の神器だけで、一年間何もせずに過ごしていた大学生のブログ。アメリカ留学やバックパック、英語の勉強方法について書いてます。

就活で7社内定もらっても幸せになれない

お久しぶりです。

 


今日は、就活について話をします!

 


大学生なら誰しも就活について心配になるでしょう。私もそうでした。就活が心配です留学期間を半年にしようとしたくらいです。

(結果的には、一年にしたのですが)

 


海外留学を終えて、就活に挑み、わずか2ヶ月で内定を7つ獲得だけを聞けば成功例に聞こえますが、私の就活は失敗だと思っています。なぜ失敗だったのか話していこうと思います。

 


個人差はありますが、就職活動は、だいたい3年の夏のインターンくらいから皆んな意識し始めます。当時の経団連のルールによると、3年の3月には情報解禁、6月から面接解禁、10月には内々定というのがだいたいの流れでした。(ほとんど企業が守ってないですが)

 


私は、3年生の8月に海外留学生に行きました。そのため、夏のインターンは一社しか参加できていません。しかし、それなりに危機感を持っていたので、業界分析や自己分析はセミナーに行くなどしてしていました。

 


アメリカ留学中の最初の2ヶ月は、新しい生活に慣れたり。学業が忙しく就活まで手が回らない日々を過ごしていました。

 


11月に、バイリンガルな日本人学生向けの大きな就活イベント「ボストンキャリアフォーラム」があったので、そこに参加するために

9月中旬から徐々に準備を始めました。

 


自己PRやエントリーシートを書くことがメインです。ボストンキャリアフォーラムで内定を取るには、事前準備が大切です。

別の記事でボスキャリについては紹介できればと思います。

 


事前にエントリーすると、イベント前にウェブ面談などを受けます。これに通過すると、イベント当日に人事や役員面接を行い、内定をもらうプロセスが多かったです。当日、ウォークインでエントリーすることもできますが、スケジュール的にも大変だと思います。

 


結果は、事前エントリー7社、事前ウェブ面談4社、内定獲得2社でした。

 


人材系の会社と専門商社から内定をいただきました。しかし、会社のことも知らないまま、内定をもらい、働くイメージがまったくつかず、辞退しました。今思えば、この時から、内定をもらうことがゴールになっていました。

 


ボスキャリから帰ってきた後、しばらく就活は休止していました。ウェブOB訪問やエントリーシートの提出、ウェブ面接などをちょくちょく受けながら、3月から本格的に準備し始めました。

 


1日2時間は、必ず就活のための時間を取ると決めて、エントリーシートの作成や業界分析、自己分析をしていました。いわゆる大手企業50社ほどにエントリーをして、5月、日本に帰国する際には、ほぼ毎日面接の日程が入っている状態でした。しかし、業界やポジションを絞っておらず、グローバルで活躍できるかなどの抽象的な視点でばかり見てました。その都度、企業に合わせて、志望動機や自己PRを変えていました。

 


移民支援などの課外活動や留学経験、英語経験が評価された結果、やりたいことも将来像もないにもかかわらず、7社も内定をもらうことになります。

大手専門商社、大手IT、外資系ITコンサル、リース、人材など様々な業界からいただきました。しかし、自分のビジョンや価値観を理解していないため、何を基準していいのかわからず、どこもしっくりこない気持ちから次々と辞退しました。(時間を割いていただいた人事の方には非常に申し訳ない)

 


今、就活を振り返って思うことは、

有名企業から内定をもらうことや家族が喜ぶ大企業に入ること、年収が高いところばかりに気にしていました。それが、就活の成功であり人生の成功に繋がる、そして、幸せになれると思っていました。

 


そのため、自分の人生どう生きたいか?それを達成するために、なんでこの会社なのか?人生のビジョンや目的を考えていなかった結果、大手企業から内定をもらってもなんの成功でもなく幸せにはなれませんでした。

 


今までは、何も考えずに周りが行くから、高校に行き、大学に行く。偏差値が高い大学に行って、サークルに入るのような周りに合わせたレールに沿った生き方をしてきました。

 


しかし、社会人になるということはレールなど存在しない無数にある選択肢の中で、人生のビジョンや目的を持ち、それを達成するために命を全うすることなのではないかと思います。

 


あくまでも、就職は手段であって、目的達成のために必要がないならしなくても良いし、大手企業に入ったから成功や幸せを掴み取れるとは限らない。目的もなくただ大企業の歯車として働く先輩やなんとなく入った大手企業や高給な企業をやめてベンチャーに行く人を見てきました。

 


戦後の復興や高度経済成長期を経験した日本では、人々の持つ自由や選択肢は広がり、インターネットの発達でどんな情報にもアクセスできるこの時代だからこそ、周りに流されず、自分の人生のビジョンを持ち、それに基づいて生きていくことで本当の幸せを手に入れることができるのではないかと感じています。

 


社会によって作られた成功例や固定概念に捉われることなく、自分の幸せとは何か?人生で何を成し遂げたいのか?

 


就活だからではなく、早い時期からもっと若者に考える機会を与える必要があると思っています。

お金をかけず、早く英語を上達させる方法

 


最近よく英語学習について質問を受けるので、TOEIC300点代からTOEIC965点・英検一級を取るために実践した方法をとマスターしたことによってどう変わったのかを少し紹介できればと思います。

 

 

 

まず、日本人は、受験や定期試験などテストで良い点を取るため英語を勉強している人が大半です。

 


英語は暗記する科目ではなく、言語でありコミュニケーションツールである。

 


このマインドを持つだけで上達スピードが急速に変わります。

 


例えば、単語を勉強する時も使う描写やシチュエーションをイメージしながら、セットで覚える。ネイティヴや英語が話せる人が使ったフレーズや表現をノートやメモに書き起こし、その表現を別の人との会話で実践してみる。これは、赤ちゃんが言葉を覚えるのと同じメカニズムです。ネイティヴの人の真似をする。真似をするときに、音や抑揚を意識すると発音を向上することもできます。

 


私は、BBCや海外ドラマでピックアップした表現やフレーズを覚えて、学内の留学生と交流できるスペースに行き、実践するサイクルでフレーズ数を今でも増やしています。

 


ただ暗記していて使えないものを受動的ボキャブラリー、実際に使いこなすことができる表現やフレーズを能動的ボキャブラリーと呼んでいます。前者を増やしてもリスニングやリーディングしか向上しません。後者を増やしていくことで、スピーキングやライティングのレペルアップを図ることができます。

 


ここで大切なポイントは、このインプットとアウトプットのサイクルを早く回すことと継続的に行うことです。新しい言語を学ぶということは、すぐに結果が出るものではありません赤ちゃんだって言語を学ぶのに数年かかります。しかし、才能の有無にかかわらず、いずれ習得することができます。半年から1年間継続的に努力してみてください。必ず、成長を実感できます。

 


私は、上記の方法でTOEIC965点・英検1級を取得することができました。

 


英語の学習の心得みたいなものを偉そうに書きましたが、あくまでも、英語の習得はゴールではなく、何かを達成するための手段としての英語だと思っています。

そのため、英語+「」のスキルを身につけることも大切です。例えば、「サッカーと英語」や「法律と英語」、「アートと英語」など、英語を組み合わせることで持っているスキルをグローバルで活かせる可能性が広がります。私自身も「」の部分をまだ模索している状況です。

 


ただ現時点で、英語が話せるようになって大きく変わったのは、大きく3つあると思っています。

 


1つ目は、友人ネットワークの構築です。

英語を習得する前は、海外の友人は0人でした。そもそも、日本しか知りませんでした。

ただひたすら英語を話すことを楽しんだ結果、いつの間にか世界30カ国以上に友人ネットワークができてました。

 


2つ目は、情報のアップデートの早さです。インターンでスタートアップのリサーチをしていても、日本語の情報がまだないテクノロジーやスタートアップが多く存在します。

また、海外のニュースを読んだり、海外の友人と話すことで、今までは日本人としてしか見れてなかった国際問題などを多角的に考察できるようになりました。

 


3つ目は、自分の意見や考え方を他人に表現する力が身についたことです。

日本では、集団の一致や従うことに重きを置いていますが、海外では、個性を発揮して、自らの意見を発言することが強く求められます。そのため、英語では、日本語のように曖昧でわかりにくい表現は少なく、ストレートに表現することが多いです。特に、ノンネイティブスピーカーは語彙力に制限があるため、シンプルにわかりやすく伝える必要があります。そこで、思考を整理し、表現するというプロセスを頭の中で何度も繰り返すため、英語学習の副産物としてこのような習慣が身につきます。

 

 

 

長々と書きましたが、私自身英語の習得を通して、人生がガラリと変わったので、少しでも皆さんの参考になればと思います。

【東京から四国までカップルヒッチハイク】ヒッチハイク中に食べた美味しい物を全部紹介する。

別の記事でも紹介しましたが、10日間かけて海老名SAから愛媛県の松山までヒッチハイクで行ってきました。

基本的には、貧乏旅のためコンビニ飯が多かったのですが、極限の空腹時やこれだけは食べたいご当地グルメだけ食べました。

今回は、その道中で食べた美味しい食べ物を紹介していきます。

・岐阜タンメン

住所:〒491-0828 愛知県一宮市丹陽町伝法寺7丁目1−2

ヒッチハイクで拾ってもらえず萎えてたのでただひたすら美味でした。

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・黒田そば古民芸店

住所:〒399-2431 長野県飯田市川路4735−3

年配の夫婦が営む和食屋さん。駅から近いので電車が少ない飯田線の待ち時間に立ち寄るのにぴったり。

えびそばがうまかった。

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・手打十段 うどんバカ一代

住所:〒760-0063 香川県高松市多賀町1丁目6−7

めちゃくちゃ混みますが、回転率が速いため待ち時間はそんなにないです。

釜バターうどんが絶品。

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・味倉

住所:〒790-0842 愛媛県松山市道後湯之町12−32

鯛めしで有名なお店。道後温泉駅近くの商店街の中にあります。庶民的でコスパが良い。

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・元祖豚饅頭 老祥記

住所:〒650-0022 兵庫県神戸市中央区元町通2丁目1−14

神戸にあるいつも行列ができる豚まん屋さん。一個100円でした。

今まで食べた豚饅頭で一番うまかったです。神戸の中華街の近くにあります。

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・大阪で食べたお好み焼きとたこ焼き

店名を忘れたので写真だけ貼ります。

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travelbroadenourhorizon.hatenablog.com

【四国までカップルヒッチハイク】ヒッチハイク中に出会った旦那さんの転職活動についていった話

ヒッチハイク4日目

 

台風が迫ってきていたため、倉敷から電車を使って高松まで移動した後(もはやルール違反)、またヒッチハイク再開しました。

愛媛県道後温泉に到着後、駅前のシティホテルに泊まって、路面電車道後温泉まで行ってきました!

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道後温泉の本館に行く途中の商店街。薬局やスイーツ、日本食などいろんなお店があります。

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温泉の後は、鯛めしを食べました。うまかった。。。。

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翌日は、松山IC近くでヒッチハイク再開。

松山でヒッチハイク開始後、石鎚山SAで降ろしてもらいました。

 

石鎚山SAから愛媛の吉田町からやってきた夫婦に乗せてもらうことに。

この夫婦とは計8時間以上一緒に過ごすことになります。

 

旦那さんの転職活動のため坂出まで行く途中ために二人でドライブしてる途中に乗せてくれました。旦那さんが声をかけてくれたので理由を聞いてみると、

今まで乗せたことなかったし、面接の前に良いことをしておきたかったみたいです。

 

そこから旦那さんに夫婦関係を保つ秘訣など様々な人生のタメになる話をたくさんしてもらいました。

 

坂出に到着して、旦那さんは面接に行ったので、奥さんと車で待つことにしました。

イチジクを収穫したりしてる間に旦那さんが帰ってきました。

面接の結果は、、、、、

なんと合格!!

69歳で転職活動に成功することは簡単なことではありません。ほんとによかった。

しかし、今後、日本はもっと高齢者の再就職活動に力をいれていく必要があると改めて感じました。

 

昼ご飯をすき家で4人で食べてる最中に、急遽、旦那さんのお祝いをするためにみんなで有馬温泉に行くことになりました! フッ軽!!!

 

色々してもらってばっかりでは、悪いので、私たちが旦那さんのために宿を予約しました。今まで、電話で予約していたみたいなので、楽天トラベルやるるぶの使い方を教えてあげました。その後も、旦那さんが4時間以上運転してくれてめっちゃ優しかった。

 

道中で旦那さんが工事に関わったトンネルを紹介してくれたり、恋愛の話をしたりと50歳以上年が離れていても結構いろいろな話で盛り上がりました。

 

なんやかんやで19時前には、有馬温泉に到着しました。

 

知らないカップルを転職活動にまで連れて行ってくれて、一緒に温泉まで行ってくれる心優しい夫婦に感謝しかないです。最後に、SAで買ったお菓子をあげました。

 こういった一期一会の出会いや人生のターニングポイントに偶然出くわすのもヒッチハイクの醍醐味だなと実感しました。

 

別々の旅館に泊まるためここでお別れ。。。

8時間という長いようで短い時間でしたが、別れはすごく名残惜しかったです。

いつか必ず吉田町に行くのでまた会いましょう!

 

【四国までカップルヒッチハイク】34度の炎天下の中3時間拾ってもらえなかった編

二日目は、名古屋の一ノ宮インターを降りたところからスタート。

二日目のスタート地点は、このへんではじめました。

すこし見ずらいですが、この車が止まれるスペースが左側にあります。

凹んでる部分に止まってもらうイメージでした。

ボードは、大阪方面を掲げてスタート!

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しかし、1時間経ってもだれも止まってくれない。。。

トラックの運ちゃんが止まってくれるも二人は載せられないとのこと。

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2時間経っても止まってくれないので昼休憩で近くの岐阜ラーメンを食べることにしました。

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この時、食べた岐阜ラーメンは極上の味だったぁ。。。。

 

昼食後、ヒッチハイク再開!

3時間経ってもだれも止まってくれません。今日はここで諦めるかと思っていたその時横から白い車が!!!

京都から来た看護師の方が京都まで乗ってく?と声かけてくれたので乗せてもらいました。

神!!!!!

徳永英明のファンの方で毎回コンサートに行くほどのガチなファンでした。

最後のコメントには、「手と目で人を護る仕事をしています。」と書いてくれました。

看護という漢字をバラバラにするとこういう意味になるんです!

ここでの反省は、高速に近すぎる場所ではヒッチハイクは難しいことです。

ある程度スピードが出てくると中々止まってくれません。高速の手前の交差点とかがおすすめです。

結局、桂川PAまで乗せてもらいました。

 

桂川PAに16時ごろついたので、岡山方面まで継続することに。

30分後、岡山から来たカップルに乗せてもらいました。

倉敷まで行くので乗ってくことに!滋賀まで旅行に行った帰りみたいです。

車の中で仲良しの秘訣や二人の馴れ初めなどを聞いた後、4時間かけて倉敷に到着しました。その後、一緒に彼氏さんおすすめのラーメン屋に行ってお別れしました。

 

彼女さんは近くの商業施設で働いているみたいなので次の日寄ってみることにしました。二人ともいい人だったなぁ。。。

 

翌日は、倉敷の街を観光することに・・・

TVでよくみるこの景色を見るために来たみたいなもん!

都会の中に突如景観地区が現れるため、地元では残念スポットといわれているようですが、歴史的な建造物や美味しい食べ物屋さんが並んでいて歩いているだけでも楽しかったです。

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台風が来るというので倉敷からは電車で松山まで行くことにしました。(小声)

 

 

【2か月で行政書士試験に合格した話】実践した勉強方法を徹底解説

いつもはバックパックや英語学習の話ですが、今回は私が取得した資格について書きたいと思います。

 

2019年度に行政書士試験を受験し、2か月の勉強期間で合格することができました。

取得理由や勉強方法など経験談ベースで書いていきたいと思います。

 

行政書士とは?

行政書士(ぎょうせいしょし)とは、行政書士法に基づく国家資格で、官公庁[1]への提出書類及び権利義務事実証明に関する書類[2]の作成、提出手続、行政書士が作成した官公署提出書類に関する行政不服申立て手続(特定行政書士(後述)の付記がある者に限る)等の代理、作成に伴う相談などに応ずる専門職である[3]弁護士弁理士司法書士税理士社会保険労務士土地家屋調査士海事代理士と共に職務上請求権が認められている8士業の一つである。徽章コスモスに「行」の字。(Wikipedia 

なぜ取ろうと思ったのか?

バックパックとか英語学習してなんでそんなお堅い資格を取るの?って思う方もいるかもしれません。しかし、今、行政書士で外国籍の方が抱える法律問題を解決する国際業務の需要が高まっており、注目されております。

私も、大学時代、移民問題を学習していました。そのため、移民や外国人労働者が日本社会でより良い生活が送れるような仕組みを作りたいと考えております。

そもそも、外国人が日本に滞在するためには在留資格というものが必要です。

在留資格の取得手続きは、入国管理局への出頭や様々な書類を提出する必要があり、外国人にとってとてもめんどくて難しい手続きです。

かといってないがしろにしていると強制送還にもつながりかねない大事な手続きでもあります。

そこで、申請取次行政書士(一定の研修を受けた行政書士)が役割を発揮します。

これらの手続きを合法的に依頼することができ、外国人は入国管理局への出頭が免除され、書類作成なども任せることができます。

このように外国人が滞在するため基本である在留資格の取得の支援を行いたいと思い、受験しました。

出題科目・難易度

出題科目:憲法行政法民法、商法、基礎法学、行政書士の業務に関する一般知識等

問題形式:マークシート等による択一式と自ら記入する記述式で合わせて60題が出題

合格率:11.5%(令和元年度)

難易度:司法試験>司法書士>行政書士>宅地建物取引士

勉強方法

重要ポイント

どの資格試験にも当てはまる最大ポイントは、

インプットとアウトプットのサイクルを早く回すことです。

 

それに加えて、行政書士では学習するウェイトが大切です。

民法行政法は記述があるため配点も高く念入りにやること

・一般常識は取れる問題は取る。捨てる問題は捨てる。メリハリをつける。

会社法・商法は法令の数が多いので甘くみないで毎日コツコツ進めていく。

民法行政法にウェイトを置きつつ、商法や会社法などはできるだけ回数を多く触れるようにしましょう。たくさん触れることで記憶が定着しやすくなります。

・問題集を解くときは選択肢一つ一つがなぜ間違ってるのかをしっかり理解する。

主なスケジュール

短期集中的に学習したため、一日の平均学習時間は6時間くらいでした。

 

一周目(初日から10日目)

基本書をまず一周一通り学習します。       ⇩

二周目(11日目から20日目)

二周目からは問題集+基本書で進めていきます。

問題集で間違えた問題にはバツを付けます。この辺りから通勤通学の際に、一問一答をやり始めましょう。

三周目(21日目から30日目)

問題集でバツがついている範囲を中心に基本書で復習します。

問題集は一周目で待ちがえた問題を中心に解いていきます。再び間違えた場合は、バツを付けます。

四周目(31日目から40日目)

バツが多くついてる問題を重点的に解きます。

このあたりから記述の学習を始めました。基本書をかなり読み込んでいても3分の1程度しか解けませんでした。記述問題で問われる論点は選択問題ほど広くないのでできる限り暗記します。

五周目(41日目から50日目)

このへんで問題集をもう一度すべて解きなおします。

そこで間違えた問題を重点的に復習。記述も複数回周回することで定着させます。

六周目(51日目から60日目)

直前模試で最後仕上げです。問題集の何度も間違えている問題なども復習します。

使用教材

宅建の時も使用しましたが、LECの教材が一番わかりやすくて良いなと思いました。

初めは、TACのものを使っていましたが、カバーしてない部分やデザインが見にくかったので変えました。 

 

 

 こんな感じで進めていき2か月で合格することができました。

他のサイトでは、勉強期間1年などと書かれていますが、宅建を取得している人や法学部出身の人は、正しい勉強方法で学習すればもっと短期間で取得できると思います。

結果

202点/300点で合格することができました。

法令等科目 158点 一般常識 44点

 

合格基準

(1) 行政書士の業務に関し必要な法令等科目の得点が、122点以上(満点の50パーセント以上)である者。
(2) 行政書士の業務に関連する一般知識等科目の得点が、24点以上(満点の40パーセント以上)である者。
(3) 試験全体の得点が、180点以上(満点の60パーセント以上)である者。

 

 

【パキスタンとの国境にある白い砂漠】圧倒的絶景に心を打たれるジャパニーズ

ついに白い砂漠に到着!

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こんな感じでひたすら絶景でした。

日の入りに間に合ってよかったです。

外国人観光客は少ないですが、インド人はたくさんいました。

 

こんな感じで粒上の塩が広がっていてとても神秘的な世界でした。

ここをずっと歩いていくとパキスタンにたどり着くみたいです。

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迷子になりそうなくらい広いですが、展望台が目印になるのでそこを目指して帰ってくれば大丈夫です。

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展望台から駐車場まではラクダで行くこともできます。

行きは歩いて帰りはラクダで帰りました。

1人300ルピー(460円)でした。結構高いので交渉しましたが値引きは通用しませんでした。

ラクダで隣に座ってたおっちゃんが話しかけてきて、仲良くなりました。

サムスンで働いていて日本にはよく行ってたらしいです。いまは、コカ・コーラで働いているみたい。おじさんといろんな話をして、結構仲良くなったのでFacebookを交換しました。こういう出会いは意外と大事。

 

↓こんな感じでラクダの後ろに20人くらい乗ります。

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砂漠の周辺ではホワイトランフェスティバルが行われていて、インドのダンスや音楽で

にぎやかな感じでした。5000円~2万円くらい払えばこの砂漠周辺に宿泊できるみたいです。この時期は、だいたい予約でいっぱいなので早めに予約することをお勧めします。帰りもタクシーの運ちゃんの待つ駐車場まで行き、ブージの街に帰りました。

 

まとめ 

このあたりはつい最近までインターネットも通っていなかったみたいで、ほんとに秘境だったみたいです。

2001年には大地震があり、多くの人が亡くなり、たくさんの建造物が損傷した砂漠周辺では、日本の自衛隊がいち早く支援してくれたみたいで日本人にはすごく感謝してると言っていました。

 

そのためか、この町で出会ったインド人はとても親切でご飯をごちそうしてくれたり、ヒッチハイクしてくれたり、法学部と言ったら弁護士事務所に招待してくれるなどインドの他のエリアでは絶対についていってはいけないパターンの誘い文句ですが、信用してついていくことができました。

 

今回の旅で一番よかったエリアかなと思いました。(グジャラート州は原則外国人もお酒は飲めません。飲みたい場合は、空港で特別な申請が必要です。